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Bound for Wakoshi

終着駅に近づく。それは新たな始発駅。

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12/23


たまに妄想することがある。
大勢の人の前で、自分の大切な人がある男から拳銃を向けられている。
そこに自分が交渉人として登場する。
自分だったらどのように彼に言葉をかけたらよいのか。

「人を殺すこと」を禁止する法は存在しない。
法では、その行動を行った者に対して動作の制限をすることしかできないからだ。
見方を変えれば、彼が「死刑」や「無期懲役」、「懲役〇年」という償いという名の命を行うことで許されてしまうのではいか。

彼は何のために人を殺そうとするのか。

「なぜ人を殺してはいけないのか」という問いに、
「殺されたくないと誰だって思うから」と述べる方もいるだろう。
その原点はあくまでも感情的な倫理なのだ。

生の論は殺の論により定められる。
生きるためには何かを殺さなければいけないのかもしれない。
私たちはいつの間にか、何かを殺しているのかもしれない。

日本では毎年20万人以上の人々が自らで死を選んでいる。
その事実と人々の意志は、私たちの中で生き続けている。
そして、見えないところで、死は生きているのかもしれない。

ただ一つ、噛みしめる。私は生きている。
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